十六社朱印めぐり 粟田神社 (2015/1/11)
粟田神社 (ご利益:旅立守護・厄除)
粟田は地名で、京の七口のひとつ、粟田口の事を指す。
粟田口は東海道や、近江、大津から京都に入る入り口で、京都よりも東の国、江戸などからやって来た人々は粟田口に来ると「無事に京都に着いた」と安堵したと伝わる。
逆に、京都を出る人にとっても旅立ちの場所でもあった。
その際に粟田神社に立ち寄り安全を祈願し参拝していたと伝えられている。
粟田神社は、大己貴命の疫病除け御神託による創建で、‘牛頭天王’を祭った粟田口の総社だった。
のち天台宗青蓮院門跡の鎮守社になる。
社殿は平安初期にできたが江戸中期から末期に本殿、拝殿とも再建。
スサノオノミコトを祭り、厄除け、旅立ち守護の神。
祭礼である「粟田祭」は10月体育の日前々日・前日・体育の日・15日。
体育の日前日は剣鉾18基が飾りつけられ、「阿古陀鉾」「地蔵鉾」の2基が大燈呂とともに知恩院前の「瓜生石」前で「れいけん」の祭りを行った後に夜渡りする。
体育の日は神幸祭で剣鉾巡行と神輿渡御。15日は例大祭。
この剣鉾は祇園祭の山鉾の原形といわれている。
三条通の地下を走る東西線東山駅より東、蹴上方面に向かう途中右側に一ノ鳥居がある。
この付近は、粟田焼発祥の地でもある。
ニノ鳥居
坂を上りきった高台に境内がある。
本殿
高台の境内からの見晴らし。
平安神宮の大鳥居と青銅の屋根の建物は昭和天皇御大典の記念に建てられた京都市立美術館。
舞殿には干支の羊の手作りの飾り物が奉納されていた。