幸神社
出町商店街を東から西に抜けると寺町通に出る。そこから北に向かって一本目の道を左に曲がると、民家にはさまって幸神社の小さな境内がある。
もとは現在地より北東約300mの加茂川畔に祀られ、出雲路幸神社と呼ばれていた。 この神社は江戸時代に現在地に移転されたものの、この場所に大きな意味を持つ。
この地は、平安京の北東の方角で鬼門にあたり、当時は鬼や悪霊は東北の方角から入ってくると信じられていた。御所の北東角にある猿が辻と丑寅(北東)の方向の直線上にこの神社が御所の鬼門封じのために、桓武天皇によって創建されたと伝えられている。
小さなお堂。
お堂の北東の隅に御幣を担いだ小さな猿がこの神社(京都)を護っている。左甚五郎の作と伝えられている。京都市内は御所の猿が辻の猿、この猿、そして赤山禅院の猿、この3匹が御所から見て北東にある比叡山の延長線上に位置ししっかりと護っている。平安京設立時に桓武天皇が施した最強のセキュリティーシステムを担っている一匹。