2013-10-01から1ヶ月間の記事一覧
銀閣寺の門前すぐ右側にある通称大文字寺。
狛鼠
小堀遠州作の鶴亀の庭
南禅寺に向かう朝、動物園前から蹴上浄水場辺りを歩いていたら今まで見たこともないキレイな虹がクッキリ! 方丈庭園は小堀遠州作
境内のすぐ右隣りは幼稚園
智積院から東に緩やかな上り坂を上ったところにある神社の近くには京都女子の中高、短大がありこの辺りを中心に循環する市バスはなんとプリンセスラインと呼ばれている。男性が乗るにはかなり勇気がいる。
以心崇伝がケチをつけ、豊臣家が大阪冬の陣で徳川家康によって滅亡させられたきっかけとなった梵鐘。 当時方広寺は奈良の東大寺の大仏より大きな大仏があり広大な敷地を囲った石垣の跡が今も残っている。
豊臣秀吉を神格化し大明神として祀る神社 伏見城から移築された唐門
天台宗の門跡寺院。妙法院という名称は、平安後期、比叡山西塔本覚院の快修がこの別号で呼称されたことに始まる。 幕末まで代々法親王が住持。 庫裏(国宝)は1595年(文禄4)頃の建築で、本瓦葺入母屋造という。 豊臣秀吉の造営。 大玄関、大書院(重文)は…
真言宗智山(ちさん)派の総本山で全国に3000余の末寺がある。 もと紀州根来山(ねごろ)の学頭寺智積院であったが、豊臣秀吉にせめられたとき、京の学頭玄宥(げんゆう)僧正は、難を京都に避け、後に徳川家康の帰依を受けて慶長5年(1600)この地…
豊臣秀吉の側室淀君が父浅井長政の追善のため文禄3年(1594)成伯法師(長政の従弟)を開山として建立した。 寺号は長政の法号養源院をとったもの。 もとは天台宗であったが、今は浄土真宗遣迎(けんこう)院派に属する。 建立後はほどなく火災にあった…
天台宗の寺院。 南北に120メートル、内陣の柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界でも類稀な長さ。 1164年(長寛2)後白河上皇が発願し、平清盛が寄進して創建。 堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十八部衆像が並ぶ。…